バイクを買う

孤高の市販車『ホンダ・NR750』。そのルーツとは?

ホンダ・NR750の情報ならRider! Riderはバイクを買う人のためのバイク情報まとめサイトです。この記事ではホンダ・NR750について、性能・歴史・動画などの詳細情報を掲載しています。伝説のバイク「ホンダ・NR750」の魅力を余すところなくご紹介いたします。

  • このエントリーをはてなブックマ>ークに追加

今からさかのぼること24年前、ホンダは1992年に「NR750」というバイクを520万円という価格で発売しました。
この発売までの経緯は、ホンダがロードレース世界選手権(以下、WGP)に2度目のチャレンジをスタートさせた1979年までそのルーツはさかのぼります。
今回はそのルーツをたどって、ホンダのWGP再チャレンジの歴史と合わせて追ってみましょう。

出典:wikipedia/ホンダNR

ホンダ・NR750(市販車)ってどんなバイク?


「楕円ピストン」が最大の特徴であった市販車「NR750」発売時の、ホンダのニュースリリースから概要を抜粋してみました。

楕円ピストン採用の新開発水冷・4サイクル・DOHC・V型4気筒
・1気筒あ たり吸気と排気バルブを各4本計8バルブ
チタンコンロッドと点火プラグを各2 本装備
・新開発の多連式8ボアスロットルボディ式のコンピュータ制御燃料噴射装置(PGM-FI)を採用

楕円ピストン・エンジンならではの高回転領域まで幅広く適切な燃料供給を可能とし、PGMイグニションによる最適点火時期制御とあいまって、回転数や 負荷状況に応じ素早い応答性と力強い燃焼力を発揮し、爽快なエンジン回転上昇フィーリングを 実現している。
この楕円ピストン・エンジンの特徴は、従来の丸型ピストンに比べショートストローク化と摺動抵抗の低減による高回転化と、多バルブ化(4→8本)による吸・排気効率の飛躍的な向上が 可能となり、この結果、低速域から高速域までワイドでフラットなトルク特性を発揮させ、幅広い回転域で力強く俊敏な応答性を実現できる画期的な技術である。

出典:Honda

ホンダ・NR750(競技専用車両)とは?


NR750は32バルブ水冷V型4気筒DOHC749ccのエンジンを搭載した耐久レース用の競技専用車両である。不本意なまま終わったNR500の挑戦にけりを付けるべく、また将来の市販化に向けた耐久テストを兼ねて1984年末から開発に着手。1987年のル・マン24時間耐久ロードレースを目標に開発された。

出典:wiki/ホンダ・NR

◆NR750の楕円ピストン

出典:Honda

New Racingプロジェクト WGP500ccクラスへ


1979年のWGP500ccクラスへ10年以上のブランクを経て再びチャレンジする際に、1977年にホンダ社内で新しい人材を集めプロジェクトが組まれました。そのプロジェクト名は「New Racingプロジェクト」と名付けられました。
そして全く白紙の状態であるその開発車両名を「New Racingプロジェクト」の名から”NR”とすることにしました。

ホンダ、WGP再挑戦の結論


しかしながら、1977年にはスズキのRG500等すでにWGP500ccクラスでは軽量で高出力な2ストロークエンジンへの移行が進んでおり、並みの4ストロークエンジンでは勝算は無いことは明らかでした。
60年代には世界に先んじて先進技術のDOHCの多気筒化に成功しましたが、このWGP復帰で再びDOHCの多気筒化を行おうとしても、レースのレギュレーションで「シリンダーは4気筒まで、ミッションは6速」までと改変されていました。
従って、60年代のホンダのお家芸であった18,000回転まで回る6気筒エンジンや7段変速(1966年1967年の250ccクラスチャンピオンマシンRC166)の様なモデルは、当然作る事はできません。

◆画像は1966年チャンピオンマシンRC166(空冷4サイクル並列6気筒250cc DOHC4バルブ)

出典:Honda/RC166
NRプロジェクトでは、理論的に2ストロークに対抗できる4ストロークエンジンのスペックは「2万回転程度回る8気筒程度のエンジンが必要」だと試算。
そして最終的にはWGPでの4気筒制限をクリアするため「8気筒がダメなら、隣り合うピストンをくっ付けて4気筒にしてしまえ!」という、何ともホンダチックな奇抜な発想によりNRの代名詞ともなる「オーバルピストン」が生まれることになりました。

出典:Flickr/Christof Boettcher


出典:wikipedia

苦悩のレース参戦


1979年に登場したNR500(0X)は外観からして奇抜なレーサーでした。
「エビ殻フレーム」と呼ばれたアルミフレームは、わずか1ミリの板厚のアルミでできた正にエビの殻の様なカウルに、エンジンを後方から差し込んで両サイドからボルトで固定するという前代未聞のフレームでした。カウルとエンジンをボルトで連結してしまってフレームの代わりをさせるという大胆な設計は、徹底的な軽量化のために考え出されたものでした。

出典:Honda

◆画像の#38号車のように「フレーム兼カウル」をごっそり外さないとエンジンの整備やキャブレターセッティングができないため、非常に整備性が悪かった。


出典:flickr/Gunner111

しかし実戦投入後、2台のNR500はプロジェクトメンバーの予想以上に走ってくれず、1979年に参戦した2戦はリタイヤと予選敗退。1980年は片山敬済選手の健闘により、3戦中2戦にてポイントをようやくゲットすることができたのです。
「全てが全く新しいNR500」に様々なトラブルがあまりに多すぎたので、「エビ殻フレーム」や「16インチホイール」の使用を止め、ごくオーソドックスな物に変更。
その結果全体的なトラブル数が減り、皮肉にもポイントを得ることができたのです。ここからエンジン以外はどんどんスタンダードの物となってしまいます。

出典:flickr/Bert Visser

出典:flickr/Sacha Padovani

NR500とNS500


ホンダはNR500の開発も進めながら、一方、1977年のNRプロジェクト発足時の目標の一つであった「WGPで3年以内にチャンピオンを取ること」という目標達成のため、1981年の中頃より2ストローク500ccレーサーの開発も進め始めました。

1982年にとうとう本意ではなかった「2ストロークエンジン」のNS500を投入。
しかしながら初戦より2ストロークのNS500は好成績を残し、さらには15年ぶりにWGPでホンダが優勝することもでき一気にWGPはNS500へ勢いが傾きます。

そしてこの1982年がNR500にとって、とうとう最後のWGPとなってしまいました。

なお全日本ロードレース選手権では、故・木山賢悟選手のライディングで1981年の鈴鹿200kmレースでNR500で唯一の優勝を果たしています。

◆最終的にNR500は画像のようにオーソドックスな形にまとまります(画像:1981年鈴鹿200キロレース/故・木山賢悟選手用車両)

出典:Honda

沈黙を破って


それからのホンダは、NS500の快進撃で1983年には若きホンダのエース、フレディー・スペンサー選手がヤマハのケニー・ロバーツ選手と伝説の壮絶なトップ争いを行い、わずか2ポイントの差で16年ぶりの年間チャンピオンの座を得ます。
続く1984年には更なる戦闘力を増した2ストローク500ccのNSR500を投入。
1984年は初期型故のトラブルも多くタイトルは守れなかったものの、翌1985年にはフレディー・スペンサー選手により史上初の500ccと250ccのダブルタイトルを獲得できました。
そうして人々からNR500の強烈な記憶は次第に薄れていってしまいました。
またホンダの4ストロークレーサーとしては1985年にTT-F1向けにRVF750が投入され、その年の鈴鹿8時間耐久レースでは早々と優勝を果たします。
そんな2ストロークレーサーも4ストロークレーサーも全盛期の1986年、ホンダは唐突に「NR」でレースに参戦するという計画を発表しました。

NR750としての復活


それは「1987年のル・マン24時間レースにNR500を改良した”NR750”で出場する」とのアナウンスだったのです。
お披露目されたNR750の姿は、8耐やTT-F1で常勝のRVF750にも似て見える、非常に現代的なマシンとなって発表されました。
ホンダのNRプロジェクトはまだ打ち切られてはいなかったのです。

出典:wikipedia/ホンダNR

本番のル・マン24時間レースでは練習走行より安定したタイムを出しており期待が持たれました。
迎えた予選ではトップのRVF750にわずか0.3秒届かず、2番手のタイムで、いよいよNR500の苦労が報われる時が来た誰もが思いました。
しかしながら非情にも決勝ではスタートから3時間半後、エンジントラブルでリタイアという結果に終わってしまうのです。

ホンダ・NR750(市販車)の発売


NR750の耐久レース参戦から4年後、耐久レーサーNR750は市販車と形を変え登場しました。
そのスペック等の詳細は冒頭の通りです。
1977年にNRプロジェクトが組まれて15年の歳月を経て、NRプロジェクトはこの市販・NR750の発売をもってその役目を終わり解散しました。

「Hondaのチャレンジングスピリット/1979年世界GP参戦・再び世界の頂点を目指して」より

Hondaはレースを、技術のチャレンジの場としてとらえ、NR500で世界GPに挑戦した。結果的にNR500は4年間で1ポイントも獲得できなかったが、多くの技術者を育て、また、市販車へフィードバックされた技術や、軽量化のノウハウなど、多くの財産を残してくれた。
1992年5月、Hondaは楕円ピストン・V型4気筒の750ccエンジンに、倒立フロントフォーク、アルミツインチューブフレーム、マグネシウムホイールなどの最高技術を集めたNRを発売した。市販車への技術のフィードバックを完全に果たし、NR500はその役目を終えたのである。

出典:Honda/Hondaのチャレンジングスピリット  

出典:flickr/josepbolart

ホンダ・NR750(市販車)に関する筆者まとめ


ホンダから発売されたレアなバイク・NR750の話はいかがだったでしょうか。ホンダの発想の奇抜さとそれを本当に実現させてしまう所が、実にホンダらしいと筆者は感じました。しかし最終的に市販車として発売されたNR750に関しては、VFR人気の真っただ中での発売と、NRとしての根本的なコンセプト作りがかなり難しかったのではないだろうかと思います。
また個人的には、このNRシリーズの8気筒の設計図を4気筒に押し込んだオーバルピストンの発想は、本田宗一郎氏の”マン島TTレース出場宣言”から脈々と続いたDOHC多気筒のRCシリーズの集大成とも理解できる訳で、NR750はもう少し違ったコンセプトを持った市販車として発売したら、また違った魅力を持った面白い市販車になったのではないだろうかと少し残念に感じてしまいます。

ホンダ・NR750の動画集


ホンダ NR (1992年式)プロモーションビデオ (HONDA NR 1992 PV)

ホンダ NR (1992年式)のプロモーションビデオです。 HONDA NR 1992 PV

【伝説のバイク】ホンダ NR750 当時価格は約520万円 【超高級マシン】

ホンダが当時最高の技術とノウハウを総動員 価格は約520万円。輸出仕様は850万円 バイク動画↓——-↓ 【海外バイク】 海外のヒュースン乗り 【韓国大手バイクメーカー】https://www.youtube.com/watch?v=nYxvbHdgOfY 【海外バイク】スズキGT750 2スト水冷トリプル …

HONDA NR の通過音を撮ってみた。

HONDA NRの通過音 (GO PRO3で撮影)

ホンダ・NR750の画像集


Oval piston ! #ReportMotori #honda #nr750

ReportMotori.itさん(@reportmotori)がシェアした投稿 –

Testing the #Honda NR #ovalpiston #nzihelmets #nzi 🔝🔝🔝 bike #nr750

NZIHelmetsさん(@nzihelmets)がシェアした投稿 –

1987 Honda NR750 32 valve – V4 oval piston #Honda #hrc #nr750 #endurance

@ppdawgがシェアした投稿 –

#Honda #nr750 #hondanr750 #racebike #ovalpiston #tranam #classic #classicbike #prototype #tranam

Tranam さん(@tranamltd)がシェアした投稿 –

Honda NR750! 😍 #honda #motorcycle #hondahrc #hrc #motorcycleporn #hondanr #hondanr750 #nr750 #menstyle #style #red #racing #exhaust

Rick Jansenさん(@rickjansen_photography)がシェアした投稿 –

  • このエントリーをはてなブックマークに追加