その他

今から見れば驚愕の連続! 1970年代のバイク事情

  • このエントリーをはてなブックマ>ークに追加

1969年にホンダからCB750FOURが発売されるとすぐに他メーカーも追随し、日本の若者はナナハンブームに沸きました。
今から40年以上前、バイクを取り巻く様々な事情は当時としては当たり前であっても、今振り返ると、驚愕の事実に満ちています。世の中は10年経つとガラリと変わりますが、40年経つと、これが同じ日本かというほど違ってしまうものです。

 

ヘルメット着用義務がなかった!



出典:vintage everyday
日本で初めてヘルメット着用義務が定められたのは、1965(昭和40)年で、それも高速道路のみ、しかも罰則なしという実に甘い?ものでした。

罰則化されたのはそれから10年経過した1975年です。

つまり1969年から1975年の法律施行時までは、たとえナナハンであってもヘルメットをかぶらずに一般道から高速道路まで走れたのです。

下記写真は1959年の「カミナリ族」とされる写真ですが、ヘルメットをかぶっていないライダーもいます。


出典:Wikipedia

 

ヘルメットをかぶらずに高速を走るなんて、怖くてできませよね。でも当時は、それが当たり前だったのです。きっと当時のライダーは、「ヘルメット着用義務化」と聞いて、面倒だとか暑いとか思ったのでしょうね。


写真撮影:しゅう(Rider編集部)

 

かなりの道路は未舗装だった!



出典:vintage everyday

建設省(現在の国土交通省)資料によると、1972年の道路舗装率は、一般国道が87.4%、都道府県道が51.7%、市町村道では15.0%、全体合計では21.7%です。

全体で数値が下がってしまうのは、国道に比べて都道府県道や市町村道の延長が長いからです。ということは、推測すると、地方の国道の半分、県道の2/3ぐらいは砂利道だったということです。

道路に敷かれているのは砂利や砂、そこを時速50キロで走ろうものなら煙がもうもうと立ちこめ、バイクで車も、ギャップでは激しく跳ねたことでしょう。

 

そんな中をノーヘルで走っていたのですから、交通事故は多発しました。

多くの若者が事故に遭い、「ナナハン=悪者」という世相ができ、それはやがて1975年の免許制度改正=「限定解除試験」につながっていくのです。

ただしこうして振り返ってみると、事故件数は社会全体のインフラや法律にも左右されるのですね。

 


当時のバイク スズキ GT750 写真撮影:しゅう(Rider編集部)

 

高校の自動二輪通学が認められていた



出典:studio international
1970年代、若者のステータスはバイクと車でした。

高校時代はバイク、卒業して就職したらスポーツカーに乗るというのが若者の王道だったと思います。車はマニュアル、パワステもパワーウィンドウもエアコンもありません。

それはともかく、地方の高校では、自動二輪通学が認められていました。車検不要の250cc以下とされていた高校が多かったようですが、自宅にナナハンを置いてあったり、学校そばの友人宅までナナハンで通学したりする高校生もいました。

1980年代、全国に広まった「三ない運動」よりも前の時代のことです。

 

そうなると、昼休みや放課後には、バイク通学する高校生は駐車場に集まってバイク談義に花を咲かせます。

若者の意識やライフスタイルもインフラも、今と比べると隔世の感がありました。

 


当時のバイク カワサキ500SSマッハⅢ 写真撮影:しゅう(Rider編集部)

 

ついでに言えば、ナナハンでもキックスペダル付きが当たり前、ガソリン価格はリッターあたり50円台でした。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加